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予防医療市場の拡大とヘルスケア産業の発展

予防医療の分野は今後も急速に成長することが予測されており、将来的には医療費削減や生活習慣病の減少などの社会的なメリットをもたらすことが期待されています。
ヘルスケアにおいて、予防医療の成長性が高まっている背景には、最新のテクノロジーやビッグデータ活用の進展が大きく寄与しています。個人の健康状態をリアルタイムに把握し、適切なアドバイスや予防策を提供することができる健康管理アプリやウェアラブルデバイスの普及、人工知能を活用した診断支援システムの開発、そしてビッグデータの総合的な分析による新しい発見や治療法の開発が進んでいます。

これらの技術進歩により、予防医療市場は今後も拡大し続け、健康に関するビジネスチャンスや可能性が広がることが予測されています。個人の遺伝子情報を基にした予防医療やAI技術を活用した予防医療の進展も期待されており、高度な医療の提供が可能になることが期待されます。

2023年には、予防医療に関するさらなるテクノロジーの進歩が期待されています。例えば、AIを活用して、疾患の早期発見や治療法の最適化を実現するための取り組みが進むことが予想されています。また、健康データのセキュリティやプライバシーに対する懸念が高まっている中、ヘルスケアにおいて、ブロックチェーン技術を用いた安全なデータ管理の取り組みも増えていくことでしょう。これらの取り組みが進むことで、より精度の高い予防医療が実現され、私たちのヘルスケアにおいて、健康維持に大きな貢献をすることが期待されます。

「予防領域への展開」が、Society 5.0時代のヘルスケアを実現する

医療費に関する現状を改めて確認してみると、「高齢化による医療費の増加」は日本に限らず世界的な課題となっています。例えば、WHO(世界保健機関)の調査によると世界の平均寿命は「2000年から2016年の16年の間に5.5歳」延びています。そのため、多くの先進国では高齢化の影響で医療費の負担が増加しており、OECD(経済協力開発機構)加盟国の中では「GDPに占める医療費支出」が10%前後にまで増加している国が多く見受けられる状況です。

また、医学の進歩によって、白血病などの病気に対する効果が期待される新規治療モダリティ(低分子化合物や抗体医薬、再生医療といった治療手段)が多く創出されていますが、それらの新しい治療法は「従来の低分子医薬品による治療と比べて非常に高価である」という欠点があります。そのため、この欠点が「医療費増加の一因になっている」という事情もあったりするのです。

このような状況を踏まえると、今後は「予防医療やヘルスケア等の質を落とすことなく(あるいはさらなる向上を目指しつつ)、医療コストの抑制も両立させる」という難題を解決することが必要となってきます。そして、その解決のための1つの方向性として注目されているのが、さまざまな先端技術を活用した「予防領域への展開」なのです。

例えば、日本の目指すべき未来社会の姿として政府や日本経済団体連合会が提唱する「Society 5.0」では、新たな価値の事例(医療・介護)として、各個人のリアルタイムの生理計測データや医療関連の情報などを含むビッグデータをAIで解析することで、「生活支援」「健康促進」「最適治療」「負担軽減」の実現を挙げています。そしてこれにより、病気の予防や早期発見、健康寿命の延伸、治療費や社会コストの削減、医療・介護従事者の負担軽減などが可能になると想定しています。

このような背景から、多くの企業や大学、研究機関が先端技術やデータ解析などを活用し、Society 5.0時代のヘルスケアの実現に寄与する新しいサービスの研究・開発、あるいは多彩な取り組みの検証が盛んにおこなわれている事が伺えます。

「Society 5.0」における新たな価値の事例(医療・介護)のイメージ

ストレスや睡眠の質まで可視化、血糖値や血圧もより簡単に計測可能に

ここからは、Society 5.0時代の予防医療・ヘルスケアの実現を後押しする製品や取り組みの事例を見ていきましょう。

まず身近なところでは、ウェアラブル端末やスマホアプリを活用した予防医療・ヘルスケア機能を有する製品・サービスが挙げられます。例えば、2021年に米国の大手IT企業が買収したフィットネスアプリなどを提供する企業では、同アプリを搭載したリストバンド型デバイスを開発。運動や歩数、心拍数、睡眠時間などのデータが測定可能で、ユーザーはヘルスケアの改善やフィットネスの見直しにつなげることができます。

さらに最近では、皮膚の表面温度や皮膚電気活動(EDA)を計測できるセンサーを搭載する新モデルも登場。複数のセンサーから取得したさまざまなデータを総合的に分析することで、ストレスや睡眠の質をスコアで可視化する機能なども新たに追加されています。

医療の領域では、米国の大手製薬会社が開発した糖尿病患者向けの血糖値測定デバイスがあります。このデバイスは、2017年に日本で初めて保険適用となったウェアラブルデバイスで、痛みを伴わない小さな針を備えた小型センサーを腕に貼り付けることでグルコース値(≒血糖値)を測定。携帯式の専用リーダーでその値や変動を確認できるほか、2021年2月からは、スマホでもセンサーの情報を確認・管理できるようになっています。

また、同じ血糖値の分野では日本のスタートアップが、針を使わずに非侵襲で血糖値を計測できる小型デバイスを開発中です。日常的な血糖値の計測を可能にすることで、健康意識の向上や糖尿病をはじめとする生活習慣病の予防を目指しています。

そのほか、日本の医療機器メーカーからは腕時計型のウェアラブル血圧計が発売されています。日本高血圧学会が発行する「高血圧治療ガイドライン」で家庭血圧を測定する際に使用が推奨されているオシロメトリック法を採用し、医療機器認証も取得。常に身につけておくことで、気になった時の血圧をいつでも簡単に測定できます。

16年間で約2万人分の多彩なデータを蓄積した事例も

次に、健康促進や予防医療を目的としたビッグデータ活用の事例も紹介しましょう。

まず、文部科学省・科学技術振興機構(JST)が実施する研究開発支援事業である弘前大学COI(センターオブイノベーション)の取り組みに、大規模住民健診「岩木健康増進プロジェクト」があります。このプロジェクトは、予防医療(弘前大学・弘前市・青森県総合健診センターが青森県の「短命県返上」)を目的に、2005年から弘前市の岩木地区で実施。同地区住民を対象とした健康診断を実施し、そこから得られたデータを活用するものです。

ただし、その内容は一般的な健康診断とはかなり異なります。例えば、検査項目は2~3000項目にものぼり、ゲノムから腸内細菌、軽度認知機能関連までを幅広く測定する点は大きな特徴です。さらに、このプロジェクト健診は17年間連続で続いており、すでに約2万人分のデータを蓄積している点も重要なポイントです(2022年3月時点)。

このデータを使って住民の健康状態や問題点を詳細に調査することで、認知症・生活習慣病などの早期発見や、予防を含む健康増進活動などに役立てています。さらに、参画企業などとのデータ共有も行われており、さらなる多様な研究・解析にも活用されています。

予防医療にかかるプロジェクト健診の検査内容

図2:プロジェクト健診の検査内容
※出典:弘前大学COI

予防医療にかかる参画企業・大学間のデータ共有のイメージ

図3:参画企業・大学間のデータ共有のイメージ
※出典:弘前大学COI

一方で、2021年に発表されたばかりの新たな取り組みとして、ゲノムデータを用いた予防医療の実現を目指す、大手電機メーカーと東京大学の共同研究があります。

この共同研究ではまず、10万人以上の電機メーカーのグループ従業員の中から希望者を募り、その希望者に対してDNAチップを用いたゲノム解析を実施。そこから得られたゲノムデータに健康診断データや問診データ、レセプトデータを加えて解析し、生活習慣病などを対象としたヘルスケア研究を行います。ここから、個々人に最適化された生活様式や治療法を提供予防医療の機能を備えたシステムを構築していくという構想です。

最後に

ウェアラブル端末などのセンシング技術は今後ますます向上し、これまで以上に身近なものへなっていくとともに、より多彩なデータの取得も可能となるでしょう。一方で、そこから収集したデータを「どのように活用していくのか」は、予防医療やSociety 5.0時代のヘルスケアを実現するうえで非常に重要な課題になると考えられます。その意味では、データの収集・解析・活用を目的とした産学連携での研究はもちろん、今後はデータ利用を踏まえた基盤整備や法整備なども必要となってくるでしょう。

さらに、予防医療を取り入れることは、企業にとっても重要です。従業員の健康を維持することは、生産性の向上や離職率の低下など、企業の経営に直結するからです。そのため、企業は従業員のヘルスケアに力を入れ、運動プログラムの提供、栄養指導等、予防医学を取り入れることが求められています。
このように、予防医療は個人の健康管理に加え、企業や社会全体にとっても大きな意義を持つものとなっています。今後ますます重要性が高まっていく予防医療について、一人ひとりが自身の健康管理に取り入れ、社会全体で健康を促進していくことが求められています。